2026年4月29日 水曜日
JAPANOVA ジャパノヴァ  ·  編む、現代日本

NOTES

編集ノート

編集部の小さな観察、現場で考えたこと、本記事には書ききれなかった断片。

/ 都市と未来

深夜のコンビニで気づいたこと

12月のある夜、午前2時の渋谷のローソンで取材の合間にコーヒーを買った。レジ前に立っていたのは20代前半の留学生らしき若者で、片手に文庫本を持っていた。表紙を見ると、太宰治の『人間失格』だった。

編集部の中で「コンビニは現代日本の縮図だ」という話をよくする。24時間営業、決済の多様化、地域差のある惣菜。だがその夜、私が見たのは「読書する若者」という、どこか古典的な光景だった。スマホではなく、紙の本。深夜のコンビニという、おそらくこの本が書かれた1948年には存在しなかった空間で、それは静かに開かれていた。

伝統と現代は、しばしばこういう場所で偶然に出会う。この観察は、4月号の「文学が描いた東京」の記事の冒頭に使うことにした。

— 編集部

/ 暮らしと美学

雨の日の銀座と表参道

3月の冷たい雨の日、銀座と表参道を続けて歩いた。同じ「高級」と呼ばれる二つの街が、雨の日には全く違う表情を見せる。

銀座では、傘の色が黒と紺ばかりだった。年配の女性のベージュのトレンチコートが、濡れた歩道に淡い影を落とす。皆、足早に、しかし姿勢正しく歩いていた。表参道では、若いカップルが透明なビニール傘を共有して歩き、子供がレインブーツで水たまりを踏んで笑っていた。同じ雨が、別の街では別の音楽を奏でる。

美意識という言葉は抽象的だが、街角の振る舞いの中にこそ宿る。次号の「現代の生け花」の取材で、この感覚を持ち込みたい。

— 編集部

/ 文化と思想

山手線の中で読まれている本

通勤時間帯、山手線の内回りで一週間、車内で本を開いている人を観察した。スマホ全盛の時代でも、紙の本を読む人は思ったより多い。

目立ったのは、新書サイズのビジネス書、文庫の小説、そして意外なほど多い詩集。20代の女性が宮沢賢治の詩集を読んでいるのを見たときは、少し驚いた。一方、漫画雑誌を堂々と広げる中年男性も健在で、それは1990年代から変わらない光景だった。

「車内の読書」という行為そのものが、もう一つの東京の物語を構成している気がする。これは記事にはならない、ただのメモだ。

— 編集部

/ 食の風景

コロナ後の喫茶店、変わったこと変わらないこと

2020年から2023年にかけて、東京の昔ながらの喫茶店は確実に減った。だが、生き残った店には共通点がある。

一つは、空間の質を妥協しなかったこと。神保町の「ラドリオ」、銀座の「カフェ・ド・ランブル」、新宿の「茶房 武蔵野文庫」。これらの店は、客席数を減らしても、椅子の張り替えに時間をかけ、照明を落としたままにし、BGMを変えなかった。もう一つは、メニューを増やさなかったこと。良いコーヒーと、数種のサンドイッチかケーキ。それで十分だ、という姿勢を貫いた。

変わらないものを守る、という選択は、ときに最も革新的だ。次号の食特集で取り上げたい。

— 編集部

/ 都市と未来

京都の朝、観光客が来る前の30分

2月の京都取材で、清水寺に午前6時半に着いた。観光客はまだ誰もいない。地元の方が二人、本堂で手を合わせていた。

京都の本当の表情は、観光客が来る前の30分に現れる。掃除をする人、犬を散歩させる人、ゴミ収集の音、花屋がシャッターを上げる音。これらが街の地層をなしている。観光ガイドブックには載らない時間帯だが、この街を理解するには欠かせない。

6時45分、最初のタクシーが二寧坂を上ってきた。ここから京都は、観光地の顔に切り替わる。「京都と東京、それぞれの未来図」の取材では、必ずこの時間帯を含めることにしている。

— 編集部

/ 食の風景

新幹線の駅弁ランキング、編集部の本音版

出張続きの編集部員が集まると、必ず駅弁の話になる。公式ランキングではなく、本音で話すと意見が割れて面白い。

編集長は東京駅の「シウマイ弁当」(崎陽軒)を譲らない。私は仙台駅の「網焼き牛タン弁当」が忘れられない。ライターのSは新潟駅の「えび千両ちらし」、フォトグラファーのKは富山駅の「ますのすし」。誰も「松花堂弁当」型のものを挙げないのは、新幹線の中で食べやすいかどうか、という実用性を皆が無意識に選んでいるからだろう。

駅弁は、地方の食文化が「移動可能なフォーマット」に翻訳されたものだ。これも一つの編集行為だと思う。

— 編集部

/ 都市と未来

若い建築家が語る、これからの東京

1月、20代後半の建築家3名と座談会を行った。隈研吾事務所、SANAA出身、独立系。三者三様だが、共通して語られたのは「もう新しいランドマークはいらない」という言葉だった。

彼らが関心を持っているのは、既存のビルのリノベーション、空き家の再生、公園の使い方、街路樹の選定。スケールが小さくなっている。だが、そこにこそ可能性がある、と全員が同意した。

「東京は、もう作る街ではなく、編集する街になった」と一人が言った。この言葉は、本誌のタグライン「編む、現代日本」と響き合っている気がして、少し胸が熱くなった。

— 編集部

/ 文化と思想

地方都市の本屋が生き延びる理由

年末、長野県松本市の「栞日(しおりび)」という本屋を訪ねた。1Fが本屋兼カフェ、2Fが宿。店主は30代後半の男性で、東京の出版業界を経て地元に戻ってきた。

「Amazonには絶対に勝てない」と彼は笑った。「だから違うことをするしかない」。彼が選書する本は、新刊と古書、そして地元の小さな出版社のものが混在している。それを朝食付きの宿として体験できる構造が、この店の独自性を作っている。

地方都市の本屋は、もはや「本を売る場所」ではなく、「読書という体験を編集する場所」になりつつある。これは過疎地再生の記事にも通じるテーマだ。

— 編集部

DEEPER READING

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