徳島県の山間部、神山町の入口に着いたのは、2025年の秋だった。地元の方の運転する軽トラックの後を、レンタカーでついていく。30分ほど山道を走ると、急に視界が開け、整備された棚田の向こうに、ガラス張りのモダンな建物が見えた。サテライト・オフィス。東京のソフトウェア企業が10年前から運営している、この町の最初の「外からの動き」の象徴である。日本の地方は、長らく「衰退する場所」として語られてきた。確かに人口減少は進行している。だが、いくつかの過疎地では、移住者・アーティスト・スタートアップとの協働で、新しい「ローカリティ」が作り出されつつある。本記事では、徳島・神山と新潟・十日町の現場を取材した。
過疎地の現状という前提
過疎地域とは、人口減少率と財政力指数によって国が指定する地域だ。2024年時点で、全国の市町村数1,718のうち820以上が過疎指定を受けている。これは全市町村の約48%に相当する。日本の国土の約60%、人口の約9%が、過疎地域に居住している。
過疎の進行は、単なる人口減ではなく、地域の機能の喪失を意味する。学校の閉鎖、病院の縮小、店舗の撤退、公共交通の廃止。これらは互いに連鎖し、一つの地域から人を更に追い出す悪循環を生む。この構造的な問題を前提として、各地の取り組みを見ていく必要がある。
徳島県神山町 — IT企業のサテライト・オフィス
神山町は人口約4,500人の小さな山間の町だ。2008年、東京のIT企業がこの町にサテライト・オフィスを開設したことから、この町の物語が始まった。最初の企業は、名刺管理サービスを展開するSansan(現:Sansan株式会社)。その後、Plat Ease、ダンクソフト、SIDEなど、IT・クリエイティブ系の企業が次々にオフィスを構えた。
神山町の取り組みの中心にあるのは、NPO法人グリーンバレーである。1999年に設立されたこの団体は、「アート・イン・レジデンス」「ワーク・イン・レジデンス」というコンセプトで、外部のクリエイターや企業を町に呼び込み、空き家を改修して提供してきた。彼らの戦略の特徴は、「単なる移住促進」ではなく、「町に必要な人材を選別的に呼ぶ」という点にある。
「逆指名」という考え方
神山町の独特の戦略の一つは、「町に欲しい職種を、町の側が指定する」という方法だ。たとえば「パン屋を呼びたい」「歯科医を呼びたい」と公募を出し、それに応じる候補者を選ぶ。これにより、町の機能を計画的に補強しながら、移住者の生活も成立させやすくしている。
「過疎地に必要なのは、闇雲な移住推進ではなく、町と人の双方向の合意がある選別的な受け入れだ。
」 — 神山町・地域コーディネーター、50代
新潟県十日町市 — 大地の芸術祭という構造
新潟県十日町市と津南町を中心に、3年に1度開催される「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」は、2000年に始まった。地元出身のアートディレクター北川フラムが企画し、過疎の進む里山を、現代美術のステージとして提示した。第1回から24年を経て、この芸術祭は、世界の地域型アートフェスティバルの代表例の一つになっている。
大地の芸術祭の特徴は、作品が「会期中だけ」ではなく、「恒久設置」されているものが多いことだ。蔡國強、ジェームス・タレル、マリーナ・アブラモヴィッチ、塩田千春、草間彌生など、国内外の著名アーティストの作品が、十日町・津南の里山に点在する。それらを巡る旅自体が、観光の中核を構成している。
移住者の構成
神山町、十日町市、その他の過疎地への移住者には、いくつかの典型的なパターンがある。
| パターン | 典型例 | 移住の動機 |
|---|---|---|
| リモートワーカー | IT企業勤務、フリーランス | 都市生活からの脱却、自然環境 |
| クリエイター | アーティスト、デザイナー | 制作環境、コスト |
| U・Iターン | 地元出身者の帰郷 | 家族・親の介護、地元への貢献 |
| 新規就農・新規漁業 | 20代・30代の若い世代 | 農業・漁業への関心 |
| 地域支援者 | 地域起こし協力隊員 | 3年間の任期付き活動 |
地域起こし協力隊という制度
2009年に総務省が始めた「地域起こし協力隊」制度は、過疎地に若い人材を送り込む重要な装置になっている。都市部から地方に移住し、最長3年間、地域の活性化に取り組む。任期中の生活費・活動費は国と地方自治体が補助する。任期終了後、約6割の隊員が、その地域に定住するという統計がある。
2024年時点で、累計2万人以上が地域起こし協力隊員として活動した。彼らの多くは20代・30代で、地域の小さな課題(空き家活用、農産物のブランディング、観光案内、子育て支援、伝統行事の継承など)に取り組んできた。
成功と困難
過疎地の取り組みには、明るい話と同時に、深刻な困難もある。
- 01
移住者と地元住民の関係
受け入れ側の理解、価値観の違い、伝統行事への参加など、調整が必要な要素は多い。
- 02
経済的な持続性
移住者の収入源の確保。リモートワークが可能な職種か、現地で起業できるかが分かれ目になる。
- 03
子育てと教育
子どもがいる移住者にとって、学校・医療の質が、定住の重要な判断材料になる。
- 04
第二世代の問題
移住者の子どもが進学・就職で再び都市に戻ってしまうケース。
他の事例 — 全国の動き
神山町と十日町市以外にも、創造的な過疎再生の取り組みは全国に広がっている。
- 島根県海士町 — 「ないものはない」をモットーに、教育移住を推進
- 岡山県西粟倉村 — 木材産業を軸にした地域内経済循環
- 長野県小布施町 — 高井鴻山ら歴史人物と、現代アートの結合
- 北海道東川町 — 「写真の町」としての文化発信
- 福岡県うきは市 — 古民家リノベーションと若手起業家の集積
「再生」という言葉について
過疎地の取り組みを「再生」と呼ぶことには、注意が必要だ。多くの過疎地は、人口がかつての水準に戻ることはない。地域の人口が、ピーク時の30%、20%、あるいは10%まで減少した状態で、それでも持続可能な暮らしを成立させる、という現実的な目標が問われている。
編集部より
本記事は、神山町と十日町市を中心に、過疎地の創造的な取り組みを取り上げました。これらは成功例として取り上げましたが、すべての過疎地でこうした手法が機能するわけではありません。地域ごとの個別の文脈を踏まえた、丁寧な議論が必要です。
新しいローカリティ
神山町のサテライト・オフィスで取材した30代の移住者は、こう語った。「東京の生活を完全に捨てたわけではありません。月に1〜2回は東京に出て仕事をします。でも、生活の中心は神山に移しました。これは『田舎暮らし』というより、『複数の場所で生きる』という選択です」。
都市と地方は対立する概念ではなく、移動と滞在の組み合わせの中で、新しい関係を作りつつある。過疎地が、消えていく場所ではなく、別の生き方を試す場所として再定義される時、それが「再生」と呼ばれるのかもしれない。徳島の山間の町と、新潟の里山。それぞれの場所で、それぞれのやり方で、新しいローカリティが、いまも編まれ続けている。

