2023年11月に開業した麻布台ヒルズの中央広場に立ち、見上げると、3つの超高層ビルが空に伸びている。設計はパッシュ&アソシエイツとペリ クラーク アンド パートナーズの国際チーム。地表のランドスケープは、英国のヘザウィック・スタジオが手がけた。一方、徒歩15分の場所にある、隈研吾設計の「南青山6丁目の住宅」は、わずか2階建てで、近隣の住宅街に静かに溶け込んでいる。これら極端に対照的な二つの建築が、現代日本の都市の中で同時代的に存在している。安藤忠雄、隈研吾、SANAA、そしてその次の世代。日本の現代建築は、いま何を作り、どこへ向かっているのか。
戦後日本の建築史 — 簡略な見取り図
現代日本の建築を語る前に、その歴史的文脈を簡単に整理しておく。1950〜60年代の丹下健三と前川國男の時代を経て、1970〜80年代に磯崎新と槇文彦が国際的な評価を得た。1990年代以降、安藤忠雄、伊東豊雄が世界的な存在になり、2000年代に隈研吾、SANAA(妹島和世+西沢立衛)、藤本壮介、石上純也らが続いた。
これら世代の建築家たちが、それぞれの時代の都市と建築の課題に対する応答を残してきた。2026年の現在、日本の現代建築は、これらの蓄積の上に立ちながら、新しい問いと向き合っている。
安藤忠雄 — コンクリートの倫理
安藤忠雄の建築は、現代日本の建築アイデンティティの一つの中核を占めている。打ち放しコンクリート、幾何学的な構成、自然光と影の設計。これらの言語は、1976年の住吉の長屋以来、半世紀近くにわたって彼の作品の根幹を形作ってきた。
2010年代以降、安藤の作品は、より公共的な性格を強めている。表参道ヒルズ、淡路夢舞台、地中美術館、そして2020年代の大阪・中之島のこども本の森。これらの作品では、彼の禁欲的な美学が、より多くの市民が日常的に使う空間と結びついている。
隈研吾 — 木と地域
隈研吾は、安藤忠雄とは対照的なアプローチで、現代日本の建築の中心に位置する。木材の使用、地域材の重視、半透明的な構成、自然との連続性。これらの特徴は、彼の代表作である高知県の梼原木橋ミュージアム、栃木県の那珂川町馬頭広重美術館、東京の根津美術館に共通して見られる。
国立競技場という大きな仕事
2019年に完成した新国立競技場は、隈研吾と日建設計、大成建設の協働による。47都道府県の杉材を構造に使い、木の質感を競技場の屋根と外壁に大きく取り入れた。これは隈研吾のキャリアの中でも、最大規模の公共建築であり、彼の建築哲学を国際的な舞台で示す機会となった。
「建築は、目立つことよりも、馴染むことを目指すべき時代に入っている。
」 — 建築家、40代
SANAA — 透明性と曖昧さ
妹島和世と西沢立衛による設計事務所SANAAは、2010年にプリツカー賞を受賞した。彼らの建築言語は、「透明性」「軽さ」「白さ」「曖昧さ」と要約できる。代表作の金沢21世紀美術館(2004)は、円形のガラスのボリュームの中に、複数のホワイトキューブの展示室が点在する構成。「正面のない建物」「内と外の区別が曖昧な空間」を実現している。
SANAAは2010年代以降、国内よりも海外での仕事が増えている。スイスのRolex Learning Center(2010)、米国のNew Museum(2007)、ドイツのZollverein School(2006)。彼らの建築言語は、日本ローカルの文脈を超えて、世界の現代建築の重要な参照点になっている。
新世代 — 藤本壮介、石上純也、平田晃久
1970年代生まれの建築家たちが、いま日本の建築の中核世代になっている。藤本壮介、石上純也、平田晃久。彼らの仕事は、SANAAやその前の世代の延長線上にありつつ、新しい方向性を模索している。
藤本壮介 — 重層と関係
藤本壮介は、武蔵野美術大学美術館・図書館(2010)、ロンドンのサーペンタイン・ギャラリー・パビリオン(2013)、シェアハウスなどの建築で知られる。「すべてが多孔的に関係しあう」「内部と外部の中間領域」というキーワードが、彼の作品を貫いている。
石上純也 — 構造の限界
石上純也は、極端に細い柱、極端に薄い屋根、極端に長いスパン。構造的な限界に挑戦することで、建築という概念そのものを問い直している。神奈川工科大学のKAIT工房(2008)は、500本以上の細い柱が空間を満たす、独特の作品である。
麻布台ヒルズと都市開発
2023年11月に開業した麻布台ヒルズは、現代の東京の大規模都市開発を象徴するプロジェクトである。総事業費約6,400億円、総延床面積約86万平方メートル、敷地面積約8.1ヘクタール。日本最高層となる中央タワー(330m)を含む3つの超高層ビルと、低層棟群、住宅、店舗、オフィス、美術館、学校、公園が一体化された開発である。
| 建築物 | 規模 | 特徴 |
|---|---|---|
| 麻布台ヒルズ森JPタワー | 地上64階・330m | 日本最高層ビル(2026年時点) |
| 麻布台ヒルズ レジデンスA | 地上54階 | 大規模住宅と商業の複合 |
| 低層棟群 | 1〜数階 | ヘザウィック設計の有機的形態 |
| 森JP美術館 | 低層 | チームラボの常設展示など |
建築の言語、4つの方向性
2010年代以降の日本現代建築には、大きく4つの方向性が並立していると整理できる。
- 01
大規模都市開発
麻布台ヒルズ、虎ノ門ヒルズなど。国際チームと地元設計事務所の協働による複合開発。
- 02
地域素材と公共建築
隈研吾の木造建築、藤森照信の独自手法。地域文化と結びつく建築。
- 03
個人住宅と小規模建築
SANAA、平田晃久らによる、住宅という枠組みを更新する作品。
- 04
リノベーションと再生
既存建築の改修を中心とする、若い世代の建築家の活動。
金沢21世紀美術館 — 美術館建築の転換点
SANAA設計の金沢21世紀美術館は、開館から20年以上経った今も、現代日本の美術館建築の参照点であり続けている。年間来館者数は2024年時点で年間250万人を超え、地方都市の美術館としては破格の規模である。建築そのものが観光対象として機能し、地域経済への貢献も大きい。
これからの東京
2010年代以降の東京は、「もう新しいランドマークはいらない」という議論と、「次々に新しい大規模開発が行われる」という現実が並立する、奇妙な状況にある。実際、麻布台ヒルズの後にも、虎ノ門の新しい超高層ビル、東京駅周辺の再開発、八重洲の改造、渋谷の継続開発が予定されている。
編集部より
本記事は現代日本の建築の主要な動向を編集部の視点で整理したものです。多くの優れた建築家・作品を取り上げきれていません。本記事で言及した建築物・建築家・施設と編集部・本誌は、提携関係を一切持ちません。
建築は街を作る
取材した若手建築家の一人がこう語った。「東京は、もう作る街ではなく、編集する街になった。新築よりもリノベーション、超高層よりも低層、個別の建物よりも街全体の関係性。これらの軸で考える建築家が、次の世代の中心になっていくと思います」。麻布台ヒルズの中央広場と、南青山の小さな住宅。これらが同時に存在する都市が、これからどんなバランスを見つけていくのか。建築家たちの仕事は、その問いへの応答であり続けるだろう。

